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2008年06月19日

世界ふしぎ発見!で新説!空中都市マチュピチュを放送

先日の世界ふしぎ発見!でマチュピチュが取り上げられていました。
マチュピチュが再発見された頃、デンマークで300年もの間眠り続けていた
インカについての絵が発見された。
インカには文字がない為、文書の記録が残っていない。
インカ遺跡の中で唯一当時のまま残されていたのがマチュピチュ遺跡で
ある。記録が残っていない為、発掘作業などが重要な手がかりとなっている中、
インカの人々の詳細を知る貴重な資料となっている。

ワマン・ポマ(画家)はインカの末裔(まつえい)で1000ページ・500点を超える挿絵など
膨大な書簡(手紙)を1615年に当時のスペイン王国宛てに送っている。
その資料が1936年に「新しい記録と良き統治」として出版された。
その資料からインカ帝国時代、それ以前のアンデスの歴史、
スペイン人による征服史などの記録、植民政策に対することなどが
スペイン語で書かれている。
インカ文明は飢饉の際には食料や衣服が、国家の土地を耕す時には農具などが支給され、
富める者も貧しい者も、老人や病人も分け隔てなく互いに助け合い、
安心して暮らせる福祉国家だったと記されている。
インカは今も謎に包まれた文明だが、挿絵やスペイン人が植民地時代初期に記した
年代記などから徐々に文明の謎が解き明かされつつある。

ちなみにインカ帝国の正式名称は「タワンティン・スウユ」
南米のペルー、ボリビア(チチカカ湖周辺)、エクアドルを中心に
ケチュア族が作った国である。1438年〜1533年スペイン人に滅ぼされるまで続いた。
最盛期には80の民族と1600万人の人口をかかえ、
現在のチリ北部〜中部、アルゼンチン北西部、コロンビア南部まで広がっていた。
首都はクスコ。ケチュア語で「へそ」を意味する。
インカ帝国の中心(へそ)だったようです。
インカ帝国はインカ文明と呼ばれることがある。
その場合は、巨大な石の建築と精密な石の加工技術、
インカ道のすぐれた統治システムなどを評価しての名称である。
実はインカ帝国以前にもその地域には文明が存在し、プレ・インカと呼ばれている。
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2008年06月06日

マイルでマチュピチュ旅行に行ける?

最近電子マネーでマイルを貯める人が増えてきた気がする。
そこでマイルでマチュピチュへ行けないか?調べてみました。
マイルの有効期限は利用月の36か月後の月末(ANAカードの場合)
例えば2008/06/05からスタートした場合、3年後の2011/06/30まで有効
航空券は一年をローシーズン(L)・レギュラーシーズン(R)・
ハイシーズン(H)に分けられマイルが設定されている。
ローシーズンを狙えばより少ないマイルで行けます。
エコノミークラスで、ロサンゼルス:(L)40,000 (R)50,000 (H)60,000マイル。
対象の便はANA・エアージャパン便のみなのでペルーまでマイルで行くのは難しいかもしれませんが、ロサンゼルスまでマイルを使うだけでもだいぶ経費削減できると思います。
普段あまり大きな買い物などしない場合、40,000マイル3年間で貯めるのは至難の業?
かもしれませんが、まあ、10,000マイルから商品と交換もできるので貯めてペルー旅行目指してみる価値はあるかもしれません。ちなみANAカードはEdy、JALはWaonの電子マネーとなっています。私はクレジットカード1回払いを利用して貯めたポイントをマイルに移行してます。
携帯代やネット代もクレジット払いへ変更。
Edyも頻繁に利用しています。車のガソリン代やスーパー、日常の買い物・飲食はほとんど
Edy使用。

ニュースで最近の若者の旅行離れが著しいと話題になっていました。
確かにこの不況の中、旅行は結構厳しいもの。しかもマチュピチュ遺跡を見に行きたい!
と思ったところで南米までの費用を考えるとぞっとしてしまうかもしれません。
でもマイルを貯めることにより、旅行に行ける確率が高くなるのでちょっとワクワクしてきますよ^^私は2度目のマチュピチュ遺跡を見に行きたいと思っています。
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2008年05月15日

ペルー&マチュピチュの気候について

国名:ペルー共和国。南米大陸のほぼ中央に位置する。首都はリマ、
北にコロンビア、北西にエクアドル、東にブラジル、東南にボリビア、
南にチリと国境を接し、西は太平洋に面する。南半球にあるため、
季節は日本と反対で、日本の夏にあたるのは10月〜4月(乾期)。
ただし、日本ほど四季がはっきりしておらず乾期と雨期に分けられる。
マチュピチュ観光は一年を通して観光できるが、
乾期には非常に込みあうので、列車の予約は必須。

ペルーは南回帰線の内側にあり地図上では熱帯圏に含まれているが、
地域によって全く異なる気候になっている。
コスタ(海岸砂漠地域)=首都リマ
年間の平均気温は20℃前後。年間を通してほとんど雨は降らない。
10月〜4月の夏は晴天続きで冬になるとガルーアという霧が立ち込め
曇天になる日が多い。

シエラ(アンデス山岳地域)=標高2500〜3500mのケチュア気候区分
に入るのがワラス、クスコ、プーノ。ケチュアを超えると
標高3500〜4500mのスニと呼ばれる地域になる。
標高が高くなるにつれ、急な山の斜面が多くなるため、段々畑では
ジャガイモやキヌアなどが栽培されている。気温は平均して低い。
日中は日差しが強いので気温も高いが、朝晩はかなり冷え込む。
クスコは12月〜2月頃が雨期にあたる。

セルバ(熱帯雨林地域)=アマゾン熱帯雨林地域と大きく3つに分か
れる。アンデス山脈を越えた東側は気候が一変する。
ペルー国土の60%をアマゾン熱帯雨林地域が占めている。
原生林に覆われ雨が多く、蒸し暑い。平均気温は28度位。
7月〜11月の乾期の日中気温は40℃を超えることもある。
12月〜3月には雨期になり高温多湿になる。

マチュピチュは湿潤温暖地で人間が住むのにもっとも快適と思われる。
山や谷からは心地よい風が流れてきて気持ちいい。
朝夕は霧も多い。雨季には野生の植物(蘭)なども見ることができる。
そうマチュピチュは野生蘭の宝庫なのである。
インカ道を歩いていると色んな花々に出会えるのも楽しみの一つであ
る。 
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2008年05月01日

世界遺産と新・世界七不思議のマチュピチュ遺跡

英スパイ映画「007」シリーズの最新作が、マチュピチュ遺跡を舞台に
撮影が行われるようだ。3月上旬から現地で撮影が行われるとのこと。
6代目のボンド役を務めるダニエル・クレイグが出演する最新作には
南米各地が登場する。マチュピチュではクレイグの撮影があるかは
明らかになっていないようだが、上映が楽しみ。
マチュピチュでは意外にもいろんな催しが行われているようです。
ペルーの前大統領は就任後の国民にむけての第一声をマチュピチュで
発している。マチュピチュはアンデスの人々の誇りなのかもしれない。

そんなマチュピチュ遺跡が新・世界七不思議に選ばれている。
新・世界七不思議は世界中の投票によって決められた、
現代版の世界七不思議である。
ちなみに「不思議な」と言う意味には「驚異的な」という
ニュアンスがあり、「不思議」という意味ではない。
ノミネートされている物件には歴史的にはほぼ解明されたものが多い。
ユネスコは「新・世界七不思議」が世界遺産やユネスコとなんら関係
ないと発表している。ということは、
「驚異的な遺跡??」ということで選ばれたのかもしれない。


新・世界七不思議に選ばれた物件

1.チチェン・イッツァのピラミッド(メキシコ)
2.イエス・キリスト像(ブラジル)
3.万里の長城(中国)
4.マチュ・ピチュ(ペルー)
5.ペトラ(ヨルダン)
6.コロッセオ(イタリア)
7.タージ・マハル(インド)



世界の七不思議に選ばれた物件

1.ギザの大ピラミッド
2.バビロンの空中庭園
3.エフェソスのアルテミス神殿
4.オリンピアのゼウス像
5.ハリカルナッソスのマウソロス霊廟
6.ロードス島の巨像
7.アレクサンドリアの大灯台
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2008年04月24日

マチュピチュとインカの歴史

マチュピチュ住民の健康状態や食生活は、トウモロコシのようなものを
良く噛んでいて歯はすり減っていたそうだ。
マチュピチュでは栄養不足で死亡した乳幼児の骨は少なかった。
炭水化物などを十分に食べていて、栄養に恵まれていた。
健康状態は完璧に近かったよう。アメリカの骨の研究によっても、
当時のマチュピチュには十分な食糧があったことが、判明している。
インカは高度な石積みの技術でマチュピチュや各地の山脈にアンデネス
という段々畑を次々と建設し、農作物の生産量を飛躍的に増やしてい
た。空中都市マチュピチュを包むようにアンデネスは広がっている。
どうやら耕作地は山のかなり裾野まで続いていて、
マチュピチュのはるか下の断崖に新たな段々畑が発見されている。
アンデネスの一画に泉や用水路の跡も見つかり、
詰まった土を掻き出すと水が流れ始めた。
インカは500年後も機能する優れた技術で農地を潤し、
豊富な作物を手に入れた。

マチュピチュのアンデネスの土に含まれる花粉を分析し、
ここでどんな作物が作られていたのかを調べた結果、
20種類もの作物が作られていたことが分かった。
アボガドやパッションフルーツなどさまざまな果物、豆類、唐辛子、
コカの葉、キヌア、キウイチャという穀物、ジャガイモやサツマイモ
などのイモ類、トマト、トウモロコシ。
アンデネス原産のジャガイモやトマト、唐辛子はのちにスペイン人が
ヨーロッパに持ち帰り、その後世界各地に広まった。
インカはアンデスの標高差を利用して、さまざまな作物を作っていた。
多様な環境が多様な実りを生み、それが世界に多様な食文化をもたらし
た。インカの様々な作物がもし存在しなかったら、今の世界の食卓は
どれだけ味気ないものになっていたのだろうか。
気候や食物にも恵まれたマチュピチュでの暮らしは
快適だったのかもしれない。
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2008年03月29日

マチュピチュ旅行とインカ道トレッキングのベストシーズン

インカ帝国を支える生命線として、帝国中に張り巡らされたインカ道。
空中都市マチュピチュの謎を解く手がかりとしてインカ道の発掘に
今も力を入れている。インカ道は基礎部分に10メートルおきに排水口が
設けられていて、雨の多いマチュピチュの気候に配慮して石垣が
崩れないように設計されているという。
インカ道は人の往き来など不可能に見える断崖絶壁にも作られていた。
マチュピチュに続くインカ道は全部で8本あることが分かっている。
8本の道は、資源の豊富なアマゾンや首都クスコに通じ、
帝国全土と結ばれていた。インカ道は、皇帝の視察や物資の輸送に
使われていた。現在でも物資を運ぶインディオ達が、
リャマを道連れにマチュピチュ遺跡にあるインカ道を通過している。

インカ道はスペイン人がうなるほど美しい道だったそう。
道に沿って等間隔にタンボと呼ばれる旅籠が置かれ、
チャスキ(飛脚)が情報を運んだ。約1000qあるリマ〜クスコ間が
わずか3日だったというからすごい!としか言いようがない。
インカ道は帝国中の動脈の役目をしていたので、インカ滅亡と同時に道
もまた滅びてしまった。ところが謎の遺跡同様、謎の道があった。
クスコとインカの秘密基地をつないだと言われるビルカバンバの山道。
現在はその一部はトレッキングコースとなっている。

ちなみにインカ道トレッキングはガイド付きのツアーでないと
参加できない。ツアーはクスコ市内の旅行会社で扱っている。
ツアーは6~7日の上級者コースから3時間のお手軽コースまでそろって
いるが、最も一般的なのは3泊4日コースだ。
トレッキングのシーズンは4~10月の乾期がベスト。 
最近ではインカ道トレイルでマチュピチュへ向かう観光客が増えている。
その為か、ハイシーズンになると3ヵ月前、オフシーズンでも
1ヵ月前までにはツアーを手配した方が確実かもしれない。
マチュピチュのベストシーズンも乾期がベストだが、込み合う可能性もあるので
最近では一年を通してマチュピチュ観光が楽しめるようです。
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2008年03月28日

マチュピチュとワイナピチュの意味

マチュピチュは(老いた峰)。
その背後にそびえるワイナピチュは(若い峰)の意味。
ちなみにマチュピチュ遺跡は最もよく保存されたインカの遺跡である。
マチュピチュ観光はワイナピチュ山頂へ登ることも醍醐味となっている。
ワイナピチュの山は断崖絶壁で道はかなり急。
毎年山から人が落下するという事故が起きているそうなので、
慌てずゆっくり登ることをおすすめしたい。、
急な階段を一直線に登ることになるが、
その分、眺望の素晴らしさは感動的。
頂上からは360度の大パノラマが広がっている。
大きく蛇行するウルバンバ川の急流、
遺跡そのものだけでなく、それを取り囲む山々を眼下に
のぞむことができる。アンデネス(段々畑)はこの険しい山の
付近にも沢山作られている。狭い山頂には石でできた椅子も
残されていて、観光客にとって絶好の撮影ポイントとなっている。

山へ入る入口の管理小屋で名前と出発時間を書き込み、
サインをしてから出発する。頂上までは40~50分位なので、
帰りは下りなので20~30分位で降りてこられる。
ちなみに頂上にあるごみ箱のごみを処理する遺跡スタッフは
わずか15分で登ってしまうと言うからすごい!
標高差はわずか250メートル。ほぼ垂直に登るので、
ノンストップで行ける体力があれば可能かもしれない。
ワイナピチュの入山時間は7:00〜13:00で、16:00には
入口へ戻らなくてはならない。1日に500人の制限もあり、
おすすめの時間帯は7:00〜9:00。ワイナピチュと月の神殿の
両方に行くには2時間半以上は見ておいた方がいい。
マチュピチュの日中は暑いので水分補給はしっかりと。
クスコから日帰りでマチュピチュを見学するには、
時間的に厳しいのでマチュピチュ村に一泊して翌朝登山した方がいい。
マチュピチュ村で温泉につかって明日に備えるのもいいかもしれない。
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2008年03月27日

日本人ツアー団体は登れないマチュピチュ山頂

どのガイドブックにもほとんど紹介されていないマチュピチュ山頂
(標高3050メートル)登ることが可能。山頂にはタワンティンスーユ
(インカ)の大きな虹色の旗が立てられている。
実際は登る人は少ないがとっておきのポイントである。
インティプンクに向かうインカ道の途中、段々畑の切れ目を右に折れる。
看板一つないが、マチュピチュ山頂へ続く道である。
遺跡との標高差は500メートル。一直線に登れるわけではないので、
距離もかなりある。だいたい1時間半〜2時間はかかる。
頂上まで登った人にしか味わえない感激がある。

ワイナピチュと比べて地味だが、マチュピチュ山頂にたどり着くと
360度の大パノラマが待っている。ワイナピチュから観るのとは
逆方向からのマチュピチュの遺跡を楽しむことができるだけではなく、
ワイナピチュそのものを眼下にのぞむことができる。
さらに深いウルバンバ川の渓谷や6000メートル級アンデスの峰々。
マチュピチュ遺跡にいる観光客の姿は肉眼では見えなくなる。
そこに広がっているのは500年ほど前のインカの時代と同じ風景で
ある。登っている途中には鳥のさえずりやウルバンバ川からの
涼しい風が山頂までの長い道のりを感じなくさせてくれる。
実際に登っていくと、ワイナピチュよりも登りやすく、
登る人も少ないのでマイペースに登れて疲れない。
という人もいれば、道も険しく狭いので踏み外して崖に転落する
ことも考えられるので、日本人ツアーの団体では絶対に登らせない
とのこと。そういう危険性もあって、ほとんどガイドブックに
載ってないのかもしれない。
時間的に余裕のある方や少人数で行けるなら是非登ってみるのも
いいかもしれない。ちなみに山頂からの下りは1時間位。
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2008年03月26日

マチュピチュ観光での服装

インカ帝国パチャクティはマチュピチュでどのように
暮らしていたのか?色んな説がある。
その一つには、「クスコからマチュピチュへの道を、
パチャクティが移動するときは、大勢の付き人や貴族が
いつも付き添っていた。道は清められ花が撒かれ、
音楽が奏でられていた。人々にふるまう食べ物や飲み物も運ばれた。
今は精巧に作られた石壁しか残っていないが、
当時はその上に漆喰が塗られ、柔かい毛織物が敷かれ、
皇帝はそこに横たわっていたという。
そして住居の屋根は藁ぶき屋根だったそう。

マチュピチュはこれまでに、200体近くの人骨が発掘されている。
多くは100年前にハイラム・ビンガムがマチュピチュを発見した時、
地元の人々を数多く雇い、170体以上の人骨や日用品、
金属細工の道具や飾りなどをごっそり掘り出し、
アメリカに持ち帰っている。その人骨の大半は女性のもので、
残りは子供のものが幾体かだった。
のちに発掘された人骨がクスコ文化庁の収蔵庫に保管されている。
ビンガムが持ち帰った人骨などは、
イェール大学ピーボディ博物館に保管されている。
現在ペルー政府はイェール大学に発掘返還を求めているそうだ。 

マチュピチュのおもな見どころに段々畑、17の水汲み場、陵墓、
太陽の神殿、王女の宮殿、神聖な広場と3つの窓の神殿、
インティワタナ、市街地への入り口、葬儀の石と墓地、
インカの橋、住居区と石臼、コンドルの神殿と牢獄、
ワイナピチュと月の神殿、インティプンク。

マチュピチュを観光する際は虫刺されに注意。
マチュピチュはジャングルの中なので、色んな虫がいる。
虫よけスプレーなど持参し、長袖の服がオススメ。
そして曇り空でも日中は日差しがかなり強いので、
帽子やサングラスも持参するといいかもしれない。
そしてペットボトルも持参し、水分補給も忘れずに!
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2008年03月25日

インカ帝国とマチュピチュ

今までマチュピチュ遺跡は宗教的な聖地、天体観測の拠点、
インカを狙うスペイン軍から逃げる為の防塞など、
マチュピチュ使用目的についての説はあるが、
今現在は第9代皇帝パチャクティが15世紀半ばに建設し、
離宮として使用されていたとの説が有力となっている。
インカ帝国には13人の皇帝がいたと伝えられている。が、、
初代から第7代までは伝説的な存在だったとも言われている。
第9代皇帝パチャクティが登場したのち、それまでクスコの
小勢力に過ぎなかったインカは、周辺の民族を次々と従えて、
飛躍的に領土を拡大していく。インカ帝国はパチャクティと
その子トゥパック・ユパンキ、孫のワイナ・カパックの
わずか3代で築かれた。この第9代皇帝パチャクティこそが、
マチュピチュの主だった。パチャクティは普段は首都クスコの
宮殿に住み、クスコの寒さが厳しい冬の間は、
アマゾンに近く温かなマチュピチュに移り住んだとされている。

発掘と研究は今も続いていて、マチュピチュの正体は
だんだん明らかになってきているが、まだまだ謎は多い。
マチュピチュでは、洞窟や張り出した巨大岩を利用した
インカの墓が数多く見つかっている。
その墓から人骨と共に銀細工の副葬品が沢山でてきたという。
女性の胸元を留める銀のピン、青銅の鏡、ピンセット、
黄金の腕輪、アマゾン独特の土器など、1000キロ離れた地方の
産物も見つかっている。発掘された品々の一部は、
アグアス・カリエンテスにあるマチュピチュ博物館で見ることができる。
posted by Cuzco at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米旅行カテゴリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする