過去にマチュピチュ遺跡から発掘された人骨から
新たな研究結果が発表されている。
マチュピチュに住んでいたインカの王族は、
「ヤナコナ」と呼ばれる家来を遠く離れた各地から
マチュピチュに連れて来たという。
南アメリカの太平洋岸や北部の高地、
ボリビアの国境にまたがるチチカカ湖周辺から連れてきて、
「ヤナコナ」として一生マチュピチュ遺跡内で
インカの王族の家来として働かせた。
遠く離れた各地から「ヤナコナ」を集めたのには理由があった。
インカの統治者は住民と地元権力者の間の忠誠関係を断ち切る為、
わざと遠くから集められたのだ。
そうすればヤナコナと地元の領主との断絶は大きくなり、
インカの統治者との依存関係を深くすることができる。
それが目的だったのだ。
しかし、、、
故郷から離れる悲しみを和らげ、新たな忠誠心を育むために、
ヤナコナは敬意をもって扱われ、特権を与えられていたことを示す
証拠も見つかっている。
例えば、農地や布地などの贈り物が与えられ、ヤナコナの遺骨には
肉体的な重労働の痕跡はないという。どうやらヤナコナは農業指導や
行政、防衛など、都市を維持するための仕事に就いていたようだ。
1911年にハイラム・ビンガム氏が地元の原住民に案内されて
マチュピチュが発見され、世界の注目が集まった。
1912年〜1913年の最初の発掘で、177の遺体を含む3カ所の墓地が発見された。
墓地や遺体とともに出土した遺物を分析したところ、高貴な身分ではないことが分かり、
ヤナコナの遺体であると推論。
また墓地から出土した遺体の歯を分析したところ、
マチュピチュ付近の食糧や水源結果から幅広い背景をもった人々の集まりであることが
分かったと人類学者ベサニー・ターナー氏は述べている。
一方、ヤナコナ(家来)に対してアクリャ(選ばれた女性)も存在していたようだ。
アクリャはどのような存在だったのか?気になる・・・
今でも発掘作業は続いているようだが、果たして今後、謎は解明されるのだろうか??
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